何が良くて何が悪いのか。 判断するのはとても大きなことだと思う。 とても難しくて、とても簡単なこと。 話題のパン屋は人の出入りがとても激しく、話し好きな人が多い。 飛ぶようにパンは売れて行く。 アルとフラバはその飛ぶパンを追いかけるが如く、動き回る。 事件が解決した翌日以降、二人はたまにボランティアで手伝いをしていた。 実際のところアルが口で指示を出し、 その指示通りにフラバが動いているのだが。 夕方になるかならないかの時間に、パンは完売した。 人は少しずつ減って行く。陽も少しずつ暮れて行く。 少し寂しげな光景。夕陽を浴びつつ、フラバは空になった箱を片していた。 「いやぁ、今日も売れたねぇ」 「俺の頭を使ったんだから当たり前だ」 「え…味でしょ味。美味しかったから売れたんだよ」 ブルマニーとアルの言い合い。 それを少し離れた場所でフラバは見つめていた。 「オン」 「…エクゾレータ」 鳴き声の先には人懐っこく尻尾を振るエクゾレータが利口そうに座っていた。 持っていた空箱を足元へと置き、近づき屈みこんで頭を撫でてやる。 頭をすり寄せながら嬉しそうに尻尾を振るエクゾレータ。 そんなエクゾレータの頭をフラバはただただ、撫でてやっていた。 「おい、片付けほったらかして遊んでんじゃねーよ」 「あ。ごめんごめん…」 急にアルに声を掛けられたフラバはとっさに顔を上げる。 しかし、その表情はひどく悲しげだった。 表情と言うより瞳が、アルから見てとても悲しそうに映った。 両手を叩きながら立ち上がるフラバをアルが見上げる。 「何考えてたんだ」 「んー…別に何にも」 「誤魔化すな。そんな顔されて別につっわれても逆効果だっつの」 「ははは…そうだね。ごめん」 笑い声を上げている。表情も少し緩んでいる。 けれど、やはり悲しさを帯びた表情だった。 壁に自然と寄りかかるフラバ。それにつられてアルも壁へと身を預ける。 「何だろうな…。自分でも良く分からないんだ、今の気持ち」 「上手く話そうとするからだろ。思ったこと言ってけ」 真っ直ぐと夕陽に照らされた街を見つめながら話すアル。 その姿をフラバは目を細めて見つめ、黙って頷いた。 「夢…が、本当の夢になっちゃったね」 「夢、って。パン屋のか」 「うん」 夕陽に照らされている雲を見上げるフラバ。 その流れをゆっくりと目で追う。時間もゆっくりと過ぎて行く。 アルは話を急かさず、同じように雲を見つめていた。 「僕さ、良かったですね。って言ったんだ」 「ああ」 「あの時はその言葉しか出なかったんだけど、無神経だったかな…」 「別に。相手が良かったって言ってわけだし」 見上げていた顔が正反対の向きへと向けられる。 壁にもたれながらずるずると下がっていくフラバ。 「良いって、何なんだろう…」 「フラバ…、」 両膝をぎゅっと抱え、膝に顔を押し付ける。 少しだけ、肩が震えていた。 「良いわけないよね、夢が叶わなくなっちゃったんだから」 「それは、」 「なのに僕は…僕、は…」 「良かったんだよ」 大きな身体を小さく折りたたみ、両膝を抱えたフラバの隣。 そこへアルはしゃがみ込んだ。 二人の声は、大きくもなければ小さくもない。 「なんで言い切れるの、アル…」 「もう過ぎたことだから」 「そんな…」 反射的に思わず顔を上げた。 夕陽に照らされたアルが真っ直ぐと瞳の中に映る。 その表情は、切ないような優しいような。微笑んでいるような表情。 「過ぎたことなのは事実だ。でも、本当に夢は叶わなくなったのか、」 「アル…」 「エクゾレータの命を守ったパン屋」 すっと伸ばされた腕。人差し指でブルマニーとエクゾレータを指差す。 そして追うようにパン屋自体を指差す。 「残ったパン屋はちゃんと営業中。しかも繁盛してる」 「うん」 「夢の内容は、国を超えて食べてもらう。だったよな」 「たぶん」 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら相槌を打つフラバ。 空はもう暮れかけている。 二人の影が伸びた家々の影に混ざる。 子どもたちの声が少しずつ小さくなっていく。 「ここは閉鎖された土地じゃない。外からだって人は来る」 「…つまり、他の国の人たちにもこのパンが、」 「もしかしたら、だけどな」 「そ、そっか。そっかそっか…」 「…ばーか」 アルはフラバの頭を軽く叩く。 もう一度叩こうとしたが、その手は何故かフラバの頭の上へと置かれた。 また顔を伏せていたフラバだったが、少し顔を上げてアルの方へと目線を向ける。 「僕のことを慰めてくれてるの…アル、」 「う、自惚れんなっ。このバカ泣き虫」 「うわわーアル。ちょっと…僕、犬じゃないんだけどっ」 「うるせぇ」 ぐしゃぐしゃと髪を乱すその行為は、頭を撫でてやっているようだ。 いつの間にかじゃれあう二人。自然とフラバは笑顔になっていた。 「オンオン」 「んだよ。お前も仲間に入れろってか」 「オン」 「じゃあ僕が撫でてあげるよ。アルは僕を撫でてるので忙しいから」 「撫でてねーよ。乱してんだよ」 「オンッ」 すっかり暗くなった街。 笑い声と怒鳴り声と、犬の鳴き声が一つ響いた。 夢を売るのと諦めるのは違うことだと思う。 だって夢は売れないだろう。 ずっと心にあって離れてはくれないんだから。 売っても売っても、きっとまた売るほど出てくる。 夢を売るぐらいの気持ちがあったんだから それを叶えることは決して不可能ではないはず。 命を救う強さを持つ人間。 命の大切さ、尊さを知る人間。 いつか必ず 追っていた夢を、叶えることが出来る人間だと思う。 COMIC-05 より妄想。 |