「きゃっ!」

 勢いよくスカートを押さえた口から出たのは、恥ずかしさのあまり近くに穴がないか探してしまうような悲鳴だった。羞恥とか自分への困惑や怒りで頬が熱い。

 あぁもう何でこんな日に限ってバイオリンのレッスンがあったりしたんだろう。そもそもどうしてあの教師は「淑女はスカートで佇むべし」とか考えているの古い頑固自分も一度穿けばいい。

 あたしはスカートなんて大嫌い。

 ひらひらしてすーすーするし、活動的ではないじゃない。今だって突風に捲れ上がりそうになった軟弱物だ。…来週からはタイトスカートにしよう、ハァァ。

 それにしても、今日は突風の回数が多いなぁ。

 春一番みたいにずーっと吹き荒れてない分タチが悪い。

「すみません。この辺りに喫茶店はありますか?」

「うん?コーヒー店ならこの建物の裏側にあるけどなあ…」

「電話はあるかしら…」

「ああ、おそらくね。なければどうとでもしてくれるでしょう。それにしても今日の風には参るよ」

「ええ、まったくです」

 力強く賛同を示し、お礼を言って建物を回った。

 迎えを待つ間に頼むのが、おいしいコーヒーだったら嬉しいなあ。







 あ る の 日 。








 コーヒーが口を付けられる温度になってから外を眺めているだけの間でも、両手の数以上の人が今日の風には参っていた。当然よね。

 諦め混じりに、既に他人事と思いながらガラス向こうの人通りを見送っていたあたしの目に、二人組みの男の子たちが目に留まった。

 ゲンリセアの制服だ。ひとりはあたしより背が高いかどうかと思われる、まあまぁ可愛く整った顔立ちの青年。

 ひとりは、あたしには羨ましくてたまらない身長を持った、(たぶん彼も)青年。
目深な帽子と表情の半分を覆う髪形の所為か、あたしの腰掛けている位置のためか、彼の顔はサッパリ見えない。

「………………」

 特に、周囲から際立って人目を引くわけでもない彼らがあたしの目に留まったのは、小柄な青年が堂々と、いっそ清清しくさえ歩き、連れの青年を従えているからだ。

 従えて…いるつもりなど、あるいは従えられている覚えなど彼らには金平糖のカケラ程もないかも知れないけれども。うぅん。何だろうなぁ…、二人組みのちょっとした距離が気になるというか。目に付くっていうか。

 互いに、どちらかに、無意識に遠慮しているところがありそうな、なさそうな。
(あぁダメこういうのは直感で知るべきで考えるものじゃないわ。疲れた)

 いい加減面倒になったのでボーっとみていたら、外でまた突風が吹いた。

「あ」

 カップに伸ばしかけた手を止めたあたしと、たぶん同じ顔で小柄な彼も振り返る。
あたしと彼の視線の先を飛ばされていく帽子に、ぱっと長い手が伸びた。

 隣にいた長身の彼だ。

 よかった、とほっとしてカップに指を伸ばし直す。あたしが見ていることも知らないで、彼らは実に微笑ましいやりとりを見せている。

 長身の彼は、あたしの印象を裏切らず嬉しそうに小柄な彼へ帽子を差し出した。反面、連れの頭へ帽子を返す動作はさり気ないものであったから、もしかして彼は犬体質な紳士かしら・とあたしは神妙に思う。

 一方小柄な彼は、目で追ったものがふわりと頭に戻ってきたのだからもうちょっと素直にお礼を言えばいいところ、撫で擦りたいほどぶっきら棒だ。くくくっ。

「!」

 肩の震えを堪えていたら長身の彼がこちらをゆび指したので、(バレた!?)とあせった。…のは数秒で、すぐに、青年は連れへ「休憩」を提案しているだけだと気づいて胸を撫で下ろす。

 小柄な彼はあまり気乗りしてない様子だったものの、迷っている間にまたも帽子が飛ばされそうになったので結局折れたらしかった。

 あ…ぁー、なんてこと。残念過ぎる。彼らがやってくる反対から、数秒遅れてあたしの迎えもやって来る。

 執事長は頑固だから、「一杯分だけ休んでいかない?」と誘っても無碍にされるに違いない。いっそ清清しいほどザックリ却下されるに決まってるんだ。(今までの経験から断言できる!)

 じりじりしている間に、二人組みは執事長より早く店について、あまり迷わずにコーヒーを頼んでいる。

 カララン

 ま、いっか。堅物執事長が入ってくると同時に、残りのコーヒーをつい・と飲みきって席を立った。

 入り口から、カウンターや各席までは幾通りかあったのだけど、あたしの帰り道は偶然にも二人組みの選んだ通路と同じだった。嬉しい、こんな日にはこのくらいの幸運は欲しいものよねー。

 あたしはすれ違い様、彼らへ会釈程度微笑んで、入り口を開けて待つ執事長の脇を冷たく抜けた。『お知り合いですか?』と怪訝がる目は 全 面 的 に 無視!

 正直に説明したら「はしたない」って三時間説教されるに決まっているもの。



 店から車に乗り込むまでの間、突風は吹かなかった。












「…ねぇアル。今の、知ってる人?」

「知らねー」

「な、なんだか不思議な感じの人だったよね」

 すれ違いざま、ふと目があっただけなのにまるで知人にするようなふわっとした会釈をもらった。フラバはまだどきどきする脈を持て余しながら、鐘の鳴り止んできた入り口を見守る。

 身長はフラバとそう変わらないくらいだったが、アルの事もちゃんと視界に納めて、笑みを向けてくれた。パッと見ただけだが、可愛いとも綺麗ともいえるような、どちらとも言えないようなとても整った顔立ちの女性だった。

 とっくに閉まった入り口をまだ見送っているフラバとは対照的に、アルは素っ気なくさっさと席に着いてしまう。

「この国以外の血でも混じってんだろ。それより待ってる間に風がひどくなったら、お前一週間パシリな」

「え…うん、いいよ」

「………(いいのかよ!)」

 フラバには何を言ってもどうしようもない。

 アルはそんな顔で、諦めたようにカプチーノを口へ運んだ。

















ある風の強い、割と運の良かったらしい日。








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