今僕は、理由をかき集めて、かき集めて、時には捏造して、無理矢理納得させて押しかけたアルの部屋で眠れずにいる。一緒にいる時間を少しでも長くしたくて、ただ傍にいたくて、後先考えずに行動した結果に今だけ、少しだけ、後悔していた。一人になりたいと思うなんて。

ん?…ということは、アルだって一人になりたい時もあるんじゃないか、なんて今頃気づいてももう遅いんだけど。

僕が眠れずにいる理由。それは、”アレ”のせい。



眠っているアルはただの人で、呪いだとかなんだとかまったく関係なさそうな顔で眠っているのに。

あの時、あの犬の記憶。その間にさらに短い瞬間で見えた”映像”
あれは多分・・・・アルの記憶。


以前に一度だけあったアルの双子の妹。エリィだったか…。
彼女に似た幼い少女が自分に向かって手を差し伸べていた。
その手に伸ばした小さな手を引き、彼女が向かった先に微笑む男女。
多分、アルの両親だろう。優しく微笑んだ女性の柔らかさ。少しだけ母親が恋しくなった。

またたきよりも短い刹那で流れていった記憶。
一番多かったのは、やはり一緒に過ごしたからなのだろうか、エリィだった。

花輪を持って笑う彼女。
転んで、涙を堪えた彼女。
木の上を見上げた眼差し。
あの”犬”の記憶のようにただ、穏やかな気持ちだけを感じた。
最後の一瞬以外。

その記憶。
痛みがあった。
彼女の手が血まみれだった。
母親が何かを叫んだ。

そして…
そして心がからっぽになった。


さらさらと流れていった記憶。
川からすくい上げた水が少しづつ、少しづつ零れ落ちるように、アレを見た瞬間からあの記憶は薄らいでいっている。時間の経過と共にあまり思い出せなくなっているようだった。不意に流れ込んだものだからだろうか。
休まずに反芻していても消えてしまう”見た”はずの記憶。
今眠っている彼にもう一度触れたら続きを見ることが出来るのだろうか?

・・・本人の許可がなければ記憶は見ない。

そうだね、勝手に他人の頭の中を覗いてるんだもんね。…こんなに後味の悪いものだなんて知らなかったよ。
僕がふいに・・・事故で見てしまったアルの記憶。
何があったか、なんて全然分からないほどの小さな欠片だったけれど、アルには言わない方がいいんだろう。彼はまだ話したくないだろうから。

薄らぼんやりと霞んでゆく、僕のじゃない記憶。
いつかアルが話してくれるように、今晩一晩で綺麗さっぱり忘れるからね。
そうした方がきっとアルは笑ってくれるでしょ?

だから、今日だけは隣で寝てもいいよね?








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