「カーター!飯食いに行こうぜー!」
昼休み。自席に座って大人しくパン包みの袋を広げていたカータの所に、いつも通りの賑やかさで(一人なのに騒々しい)イジィがやって来る。
声をかけられなくても気づきそうな、パタパタと近づく足音につられて顔を上げたカータは、イジィの姿を見とめると眼鏡を押し上げ、少し首を傾げて言った。
「あれ。今日は向こうで食べるんじゃなかったの?」
選択した講義によって教室が分かれるのだが、確かイジィは昼前と昼後の講義がこちらではなく、別棟であった筈だ。
「んー、何か次の講義潰れちまってよ。だから戻って来た!」
「そう。じゃ、座ったら?」
「おう。…って、座ったらダメだろー!カータが立てよ」
「何で」
「昼飯食いに行くから」
「…僕、今日パンなんだけど」
「うん。お、わー!すっげー美味そう!何これ、どこのパン?」
「ブルマニーの。午前中にアルに貰った」
「アルに?えー、何でだよ。お前だけずりぃーっ」
「ノートのお代だよ」
「ノート……あっそう…そりゃ俺には無理だわ……||」
「だから立つの面倒だし」(きっぱり)
「おまっ、…何だよーっ!せっかく俺が誘ってんのに!」
「今からご飯買ってくれば?」
「ごはんー!…ん? や、メシならここにあるけど?」
「………」
ひょいっとイジィが鞄から取り出したお弁当箱に、カータは一瞬黙り込む。何と言っていいものか、思わず言葉を探してしまった。
「あるならここで食べればいいじゃないか。どうしてわざわざ食堂になんか…」
「あ。ちげーよ、食堂じゃなくて、外」
「外?」
「正確には屋上。な、行こーぜ!」
やだ、と言うのは簡単だった。だがさっきから言い合いのために経過している時間を考えれば、これ以上長引かせるのも余計に面倒な気がして(きっとイジィは諦め悪く言い続けるだろうし)仕方なく、カータはパンの包みを戻すと黙って席を立った。


階段を昇りながら、楽しそうに二段飛びで先を駆け上ってゆく友人の背を見つめ、カータは軽く溜め息を吐く。毎回思うが、あの有り余る元気と無駄な行動力はどこから来るのだろう。
「まあ、何とかは高いところが好きって言うけど」
「何か言ったか?カータ」
「いや。どうして屋上なの?今日に限って」
アルたちも居ないのに、と呟けば、「そーいや、アルとフラバいねーなあ」と、今更のように返される。
「アルの仕事だよ。フラバも付いていったみたいだね」
「そっか。何かすっかり、フラバも助手が板についたよなー」
「そうだね。まあ、助手って言うか……たまにお供する番犬に見えないこともないけど」
「ぅわ、ひでえ!お前、それ本人に言うなよ?!ちょっとすげぇ似合いすぎる…!」
「言わないよ。あと君の方が酷いよ?」
「何だよー、カータがそういうコト言うからだろー?」
「僕は別に…」
言い合っている内に、屋上へと通じる扉の前まで辿り着く。
取っ手に手をかけたところで、イジィが思い出したように後ろを振り返って言った。
「良い天気だからさあ」
「――は?」
「こういう日は、外で食べた方が絶対ウマいって」
「……」
どうやらそれが、屋上を選んだ理由らしい。
単純だなあ、と思いつつ、開かれた扉の向こうから射す陽の光が暖かかったので、まあいいかという気持ちになってカータはイジィの後に続いた。

―――が、

「寒みぃ……」
天気は良いし、日は暖かかった。暖かかったのだが、どっこい風が冷たかった。おまけに少し強かった。ビュオオオォォウゥ、という音で全てを悟れと言わんばかりに。
「――さて、帰ろっか」
「Σ ちょ、待てええぇ!!諦めんな、ここまで昇って来た苦労は?!」
「水の泡だね」
「一刀両断デスか!」
「変な意地張るよりいいんじゃない?ご飯がまずくなるよ」
「そんなことないっ!ホラ、あの給水塔の影とかは?」
「あそこ、陽が射さないんだけど」
それこそまさに、本末転倒だ。
「じゃあ、じゃあ、俺がカータの風除けになる!」
ここまで誘った手前、どうやら意地になっているらしいイジィの言葉に、カータは冷静に返す。
「全方位吹き抜けの場所でどうやって」
「えー、えーと、両手を広げてこう、全身を囲うように…!」
「――イジィ」
それは傍から見たらあやしいと言うべきか、そこまでする意味がどこにあると言うべきか、とにかく何か間違っている。
「戻るよ」
「ええーっ!」
「それでお前が風邪引いたらどうすんの」
「…!カータ、」
「ノートは貸さないよ?」
「! ひ、ひどいーっ!! アルには貸したくせに…!」
「お礼によっては考えるけど。でもイジィの物選びセンスって微妙だしなあ…」
「何だよ、もういいよーっ」
終いには涙目になって、やっとイジィも屋上に諦めをつける。
むしろ、これ以上うだうだやっていたら、肝心のお昼ご飯にありつけないと悟ったのだろう、さすがに。今度は先頭に立って、元来た方へ歩き出しながら、カータが呟く。
「まあ、またの機会ってことで」
「絶対だぞ?!次は引き返さないからなー?!」
「その前に事前確認をすることを覚えたら、付き合ってあげるよ」
「う、…ちくしょー!次回こそは……って、あれ、アル?」
最後の方のイジィの呟きに、カータも振り返って、イジィの視線の先を追った。屋上の柵の向こう、グラウンドを突っ切って校門に向かう方に、確かにアルとフラバの二人の姿が小さく見えた。
「何だ、まだ居たのか。あの二人」
「何してたんだろうね」
「さあ?――あっ」
そのとき、一際強い風が吹いて、咄嗟にカータは片腕で顔を覆った。その視界の隅に、風に舞い上がる帽子がちらりと見えた――多分、アルが被っていた帽子だ。
それに気を取られてイジィも声を上げたのだろう。だが、帽子がそれ以上遠くへ攫われていくことはなかった。ふわりとアルの頭から離れたそれは、そのちょうど後ろを歩いていたフラバが伸ばした手に収まったからだ。
「お、ナイスキャッチ!」
イジィが感歎の声を上げる。当然、その賛辞は向こうまで届かないが。
上から見られているなど気づかないだろう、フラバがアルの元に駆け寄って、帽子を返している。そしてそのまま、その場で何やら互いに言い合っている。
笑いながら、「あいつら、また何やってんだろうなあ?」とイジィは言うが、カータは何となく、その会話の中身を聞かなくても想像できる気がした。
「イジィ。そろそろ行かないと、本気で時間なくなるよ?」
「おわっ!いかん、俺のランチタイムがー!」
「それよりも、僕のランチタイムを無駄にした罪の方が重いからね?」
「ええええ!な、何だよそれー!!」
更に涙目になったイジィを引き連れて、二人は揃って屋上を後にした。



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