「そんな力はない!」
アルはそう言ったけれど、僕は見たんだ。


ある晴れた日、夕日に変わろうとする太陽が二人を照り付けていた時間、彼らはいつも通り二人連れ立って帰宅するところだった。
以外に早く終わった仕事にアルはどうやら上機嫌の様子だった。 道行くカップルや小さな手で母のスカートを一生懸命握りながら歩く子供、ふと意識するとそれだけで幸せになれる景色が彼らの周りをすぎていった。
「あ、アル、犬!」
「あぁ?犬なんてそこらじゅうにいんだろ。」
「だって、めずらしいよ、見たことないよ!」
「お前、犬好きだな。」
すでに前方から歩いてきた犬に走って行ったフラバにその声は聞こえていない。
「…犬同志だからか?」
「アルー早くー。」
飼い主に断った瞬間犬に抱きつくように撫でまくるフラバ。自分を可愛がってくれる存在を認識したのだろう、その犬もフラバの顔をべろべろとなめまわす。やめなさいとおろおろする飼い主にいいですよと断ったフラバ。
「ほら、アル、可愛いでしょ?」
犬の顔を掴みアルへと向ける。
「んー。なんつーか、可愛いっていうよりカッコイイと呼ばれる類の顔じゃねぇのか?」
「そう?すごく甘えん坊で可愛いよ。」
その様子を腕を組んだままのアルが見ている。
「触らないの?かまないよ?」
「んー。」
あまり乗り気ではない様子のアル。
「あれ?犬嫌いだった?だからエクゾレータの時も嫌そうだったの?」
「や、そういうわけじゃねぇ。ただなぁ…。」
じぃっと自分を見つめる目に敵意はない、恐れもない。それを感じ取った犬は何故かアルを押し倒した。
「ワフッ!」
「っだーーーー!!何でだよ!今回は食い物もってねぇぞ!」
「アルの事、気に入ったんじゃない?」
「だから嫌なんだよ。」
後頭部を打ち付けたアルにフラバが手を差し伸べる。犬はまだアルのお腹に足をかけたままで、千切れんばかりに尾っぽを振っていた。


僕はその時みた。目の前の飼い主さんの表情がくるくると変わる様を。ひどく低い視線から彼女を見上げていた気がした。その時話にはきいていた、「アルの見る」と言うことを思いだしだ。

彼女は怒っていた。
何かの声がした。甘えるような声が…。自分から発せられた気がする。
きゅーん。
その瞬間、彼女の顔に笑みがこぼれた。
僕は何だか嬉しくなった。

多分、僕の見たのは目の前にいた犬のキオク。
どうして見えたのか、とか、何かを伝えたかったのか、全然わからない。
僕に特別な力はないから、きっとアルの力なんだろう。

「ありえねぇよ。」

けれどアルは全力で否定した。確かに相手に無意識で潜ることはあったらしい。けれど、今は力をコントロールできるし、そうなったとしても、他人にソレを「見せる」ことは出来ないと。


でもね、アル、僕は見たんだ。
大好きな大好きな人と過ごす幸せな日々を。
あの一瞬で。

そして僕はふと思った。こんなに鮮明に見える記憶。
アルの心は乱れないのかと。
彼の仕事、「事件」ならこんな風景じゃないに決まってる。
気持ちすらシンクロしてしまったこの力。
”痛み・悲しみ・憎しみ”そんな負の感情はアルに直に伝わるんだろう。
それでもこの仕事を続けるんだね、アル。
アルは強いね。
いや、強くありたいと願っているみたいだよ。
依頼を受けて、心を痛めて、時には怒って。感受性が強すぎるアルがこんな仕事をしていることが不思議だよ。
もっと自分のこと、考えてもいいと思う。
人の不幸を全部背負ってしまう優しい人。
記憶を”食べる”それはアルの中に取り込まれて彼の中だけに存在する物質にすること。 それこそ”呪い”なんじゃないだろうか。その力を使ってしてしまう事に対する自責の念こそが”呪い”になった原因じゃないんだろうか。

だってアルは力を使うたび苦しそうだから。
人のプライバシーを侵す、そのことにも記憶を消す、改ざんする、そのことにも罪悪感を覚えるもんね。
ねぇ、アル、もしアルが心から笑えるようになった時、お願いをしてもいいかな。その時まで傍にいられるように頑張るから。
そうなったら僕の中にもう一度もぐって記憶を”見て”よ。アルと過ごした日が本当に幸せだったこと、アルを大好きな気持ちが本物だってこと、実際体験したら信じてくれるでしょ?

だから、その時までどうか傍にいることが出来ますように。



「きっと、あの犬が、自分の幸せな気持ちを僕たちに伝えたかったんだよ!」
「だから、お前に見せる力ねぇっつの。」
「えーでもー。」
「でももくそもないの。そんな簡単に伝えられる気持ちだったら俺は電波受信しまくっちまうじゃねぇか。」
「そうかなー。ほら、何か条件があるんじゃない?」
「だから、ねぇーーーっつーの。この話はおしまい。帰るぞ!」
「えー!ちょっとまってよ!アルってばー置いてかないでー!」





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